〜甲州種ワイン〜
 【古からの甲州種ブドウ】

 御坂山塊と大菩薩連峰に囲まれた甲府盆地東端の勝沼町。新緑の頃を過ぎると、ブドウ棚では、小さな白い可憐な花が咲く。仄かな甘い香りを漂わせながら、町全体を緑のヴェールに覆っている。結実後の緑の硬い果粒は、成長して秋になれば、みなグレイッシュピンクの実にかわる。
 
 陽光に透けるピンク色の甲州ブドウ(甲州種ブドウ)は、古くは、法薬として、また、江戸時代には将軍家に献上されていた貴重な果物であった。しかし、その後は、日本人の食卓には馴染み深くなってきた。実は甲州種は全国でもワインに仕向けるブドウとしても第1位の生産量をあげている。もちろん山梨でも生産量トップの座を守り続けている。

 勝沼を甲州種発祥の地とする言い伝えが二説ある。伝説といえども、一つはヴィニフェラ種がカスピ海沿岸からの東洋に伝播した可能性を伝え、もう一方の説は、勝沼の栽培家たちが、長年に亘って栽培で工夫を重ねてきた意気込みを伝えている。園芸学者の菊池秋雄は、甲州種は、和田紅(ホータンホン)を親とする竜眼種の実生から派生したと推定した。その後ブドウのDNA解析の研究で世界的先駆者の後藤奈美女史により、その何れの品種でもなく、むしろ甲州三尺に近い事実が判明している。

 山梨はもとより、日本でいつ頃ブドウ栽培がはじまったかいまだ定説はないが、甲州種によるワイン造りは、明治7年、甲府で日本酒の技術を基本にして始まった。当時は日本酒酵母を応用したために、熟成に耐えるワインにならなかった。今でも一升瓶ワインや日本特有の720mlボトル(いわゆる四合瓶)が多く出回っているように、日本酒の影響が強く残っている。


 【ワインのタイプ】

 ワインの原料として使われる甲州種の量は、1999年まで年間6000t以上で安定していたが、赤ワインブームの到来を境にして衰退の途を辿っている(2004年度は2555t)。 生産量が比較的安定していたためか、甲州種のワインには様々なタイプが生まれている。その一方では、スタイルが明確でないために、消費者側に、甲州ワインのイメージを捉えにくくさせているのも事実である。ここで現在みられる甲州ワインのタイプをあげてみよう。

 1.ブロック(農家)ワイナリーによる辛口ワイン 「おらがブドウのおらがワイン」。地酒のように農家がブドウを持ち寄って、主に自家消費用に醸造。ワイン造りの原型の姿を留め、一升瓶から湯飲み茶ワインに注ぐ光景は、良き時代の飲酒文化が残っているともいえるが、品質管理面では、徹底した造りとは言い切れない。

 2.甲州シュール・リー メルシャンの1984年ヴィンテージが、本格的辛口ワインとして注目され、その後、県内のワイナリーがこぞってこのタイプのワインを造りはじめた。現在、最も甲州種ブドウの特徴が生かされているワインで、甲州種ワインの中で人気が集中して居り、毎年、品切れになるワインメーカーが続出している。

 3.甘口ワイン フレッシュ・アンド・フルーティなワイン(ボジョレー・ヌーヴォーの人気にあやかって登場した甲州新酒ワインもこの範疇に入る)と、濃縮した果汁を使った強い骨格を持つデザートワインに分かれる。甲州種の弱点とされがちな平凡さをある意味ではカバーしているが、過度の人工的な濃縮に因って、風味のバランスを崩さぬように気を配る必要がある。

 4.樽発酵・樽貯蔵 辛口ワインへの挑戦と共に、樽の持味を生かしたより高度なワイン造りが盛んになっている。樽の風味の出し方にワイナリーの個性が出ており、風味を強く出す樽(タルタル?)派と、控えめ派に分かれる。最近でこそ新樽の比率は低くなってきているが、まだ樽の風味がやや強すぎるワインが多い。

 5.亜硫酸無添加ワイン 添加物不使用食品を求める市場の一部の需要に応え、特異的に造られたワイン。一般的には、亜硫酸は、ワインの品質維持に不可欠といわれているので、本来は原料ブドウの品質を向上の努力が必要となる。


 【甲州種のポテンシャル】

 造り手たちの努力の甲斐あって、1960年代後半のサントリーの国際コンクールでの金賞受賞を皮切りに、他のワイナリーでも様々なコンクールでの入賞に見られるように、甲州種ワインのレベルは、醸造面では大幅に向上した。また、甲州種のアロマプレカッサーの科学的立証やロバート・パーカーの甲州ワインに対する賛辞等、一部では甲州ブドウに対して、画期的な出来事が起きている。
 しかし、世界のワインと伍していくことを考えると、個性では引けを取らないものの、まだまだ、挑戦すべき課題は多い。

 ワイン原料用甲州ブドウ栽培の全てを農家に任してきた時代から、ブドウの品格に立ち戻るワイナリーの新たな決意が芽生える時代を迎えた。

 辛口ワインで世界の壁を突破して辛口ワインの本質を追うとすれば、地味な道のりを歩み出す事になる。反芻自戒。常に努力にある。品種改良(実生栽培)、土壌改良(暗渠等)、栽培法改良(一文字短稍等)への取り組みが重要となっている。

 『あらゆる妥協、因襲を排して「自然に還れ」の叫びは、過去において発せられたとき、それは人性の根本に還る意味を含んでいる以外に、自然に対して驚異の眼を開くの内的要求を必然に含んでいた。自然に対して驚異の眼を開かなくなった時は、私たちの精神が停滞して、常識に死する時である。』

 田部重治のいう自然に対しての姿勢に、我々ワインの造り手としての心の置き方にあり、向くべき方向は、醸造から栽培、そして土壌、その先に、自然がある。

 農家に言い伝わる「足肥(あこい)」とは、畑に肥料を蒔くのではなく、畑に踏み入ってのブドウとの対峙を指している。

 畑に身をおき、常にブドウとむきあいながら、ブドウが根付いた風土を醸すワインを造る。こうして、甲州種を通して産地の特徴を明確に表現することこそ我々の使命なのだろう。




中央葡萄酒株式会社
三澤茂計




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